江戸時代に名古屋を治めていた、尾張徳川家の殿様たちのお話です.


by fouche1792
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尾張徳川家について

私の住んでいる街、名古屋。その名古屋は江戸時代を通じて御三家筆頭、尾張徳川家の城下町でした。そんな尾張徳川家の殿様たちのお話をご紹介してゆきましょう。


<以前他のブログに書いたものです>

以前名古屋の特質について質問されたときに尾張徳川家を引き合いに出したことがあります。
その答え↓

  名古屋の特性として「堅実」をあげることができます。歴史的には尾張徳川家7代宗春(八代将軍吉宗と対立した殿様で、NHK大河ドラマ『吉宗』では中井貴一さんが演じていました)の積極政策がつぶされた後、まあ、いろいろありまして、「お上に従順」で「堅実」だが、「いざというときにはむっちゃ派手」という気質が形成されたらしいです。

もちろんこれはあくまで尾張徳川家がらみの説明でありまして、その他にも「地域内で自給自足できる」という愛知県の豊かさも大きな要因でありましょう。

尾張徳川家は御三家筆頭。領地は尾張一国と美濃の一部などをあわせ61万9千500石。木曽の山林なども領地として与えられていました。
しかしながらこの石高は「表高」という家格をあらわすもので、実際の石高「実高」は100万石近くあったと言います。
官位は従二位権大納言(ちなみに水戸黄門の"黄門"は、水戸家の官位、従三位中納言の唐名)と、江戸三百諸侯のトップの待遇でした。

でも地味ですね。
同じ御三家でも紀伊家は八代将軍になった吉宗、水戸家は光圀斉昭、それに「最後の将軍」慶喜など教科書に載っているようなメジャーな人物がいるのに、尾張家には全国に知られる人物がいません。藩士や藩内の人物でも同様です(渡辺崋山は愛知県出身ですが、三河田原藩の家老)。

戦国、安土桃山時代、あれほどの人材を輩出したのに。。。
一つにはそういった優秀な人材が全国に散らばったことにあります。江戸時代の大名というのはほとんどが三河、尾張にルーツを持ってます。
ちょうど大航海時代に世界中に進出したスペイン、ポルトガルがその後あまりぱっとしない(失礼!)のと似てますね。

もう一つには、人間、恵まれすぎるとよほど強い意志がない限り向上しにくくなるからでしょう。明治維新の推進役となった薩長土はみな関が原で痛めつけられ、その後もなにかと幕府にいじめられたようですし、水戸家も御三家のなかで一段低い位置に置かれたことで逆に奮闘したのでしょう。

では尾張徳川家や江戸時代の尾張が地味でつまらないかといえば決してそうではありません。時代の巡り会わせで将軍になれなかった人物もいましたし、江戸時代の大名とは思えないようなユニークな人物もいました。

そんな尾張徳川家や、それを題材にした小説などをご紹介してゆきたいと思います。

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by fouche1792 | 2005-09-16 11:37 | 尾張徳川十七代