江戸時代に名古屋を治めていた、尾張徳川家の殿様たちのお話です.


by fouche1792
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番外 義直の顔 その2

大掃除をしましたら、こんなのが出てきました。
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2000年に名古屋城で催された特別展のパンフレットです。
表紙上が以前紹介した壮年期の義直。下は大坂夏の陣図だそうです。
この義直画像、解説には
衣冠束帯を着けて坐した徳川義直の肖像画で、義直熟年の容貌からは文武両道に通じた質実剛健の人柄が偲ばれる。原本は名古屋市中区清浄寺に伝えられていたが、第二次世界大戦で焼失した。本図は昭和十二年(一九三七)桜井清香によって拡大模写されたものである。

とあります。小さな画像だったのですね。
桜井清香さん(1895~1969)とは、徳川美術館のHPによりますと、同美術館に二十数年勤務しておられた大和絵画家であり、研究家で、源氏物語絵巻など原本を多数目にし、模写、復元模写を多数残しておられます。
*徳川美術館についてはいずれ19代の徳川義親さんのところでご紹介しましょう。

パンフレット裏表紙には少年期の義直の木像が。
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小さいので部分を拡大しました。

昭和50年代の歴史雑誌などにはたいていこの木像の写真が載っておりました。実物を目にしたのはこの展示が初めてだったのですが、10cmにも満たない、ずいぶん小さいもので驚きました。京都の清涼院というかつて伏見城の敷地内にあったお寺にあるもので、義直の生母お亀の方(相応院)はここにある観音像をあつく信仰していたそうです。そのお亀の方の画像も清涼院に伝わっています。

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by fouche1792 | 2006-07-08 14:58 | 尾張徳川十七代